働き方・働く場の研究と視点

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スペシャルインタビュー 青砥瑞人さん

2020.1.29
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DAncing Einstein Co., Ltd. Founder & CEO
青砥瑞人
日本の高校は中退。その後、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の神経科学学部に入学し、2012年に飛び級で卒業。2014年10月に「DAncing Einstein Co., Ltd..」を設立。以降、脳神経科学の研究成果を教育や企業の人材育成の現場に生かすプロジェクトを多数手がける。脳×教育×ITをかけ合わせた「NeuroEdTech」分野の第一人者で、ヒマさえあれば医学論文を読み漁る脳ヲタク。


ワーカーが主体的に
場所や時間を選択しながら働けるようになると、
脳にはどのような良い効果があるのだろうか。
また、どのようにして、
「自分に合った働き方」を見つけるのだろうか。
脳神経科学の知見を活かして「より良い働き方」を
生み出している青砥瑞人さんに、話を聞いた。


選択肢を増やすだけでは、主体性は引き出せない

「主体性がある、というのは一体どういう状態なのか?」と考えてみると、なかなか明確な言葉にするのは難しい。この問いに対して、青砥さんは脳神経科学の見地から、次のように解説する。
「脳の意思決定を司るネットワークは二つに分かれます。一つは、自分の意志に合った行動を選択しようとするセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク。もう一つは、過去の記憶から半自動的に自分の慣れ親しんだ行動パターンを選択するデフォルト・モード・ネットワークです。この二つのうち、前者が機能している状態こそ『主体性がある』と言えます」
積極的に思考しようとする前者は、それだけ脳に負荷がかかるので、莫大なエネルギーを消費することになる。本能的な生存戦略として、人はエネルギーの浪費を避けようとするので、通常は負荷の少ない後者で情報を処理している。それゆえ「主体性のある思考」は、意識的に後者から前者へとスイッチを切り替えない限り、生まれない。
「だから、『働き方やオフィス空間における選択肢を単純に増やせば、ワーカーが自然と主体的になる』ということは、まずあり得ません。むしろ、主体的に考えることが苦手な人たちからすると、選択肢が増えすぎることで思考停止してしまって、以前よりも主体性が失われてしまう可能性もあります」
近年、働き方改革の号令の下で、働く場所や時間、スタイルの選択肢も多様になってきている。それ自体は素晴らしいことだが、そうした変化のメリットを享受できているのは、元から「主体的に選択のできる人たち」なのだ。
「主体的に選択する思考を持つためには、意識的な訓練が不可欠です。制度や環境を変えるだけではなく、『その変化によって自分の働き方がどう変わったか、あるいは変えられるのか?』と、自分事として考えさせる働きかけが重要になってきます」


主体性を育てる「繰り返し」と「振り返り」

いまは主体的に選択することが得意でない人でも、心がけ次第で変われると、青砥さんは強調する。
「慣れていないうちは負荷が重くて、モヤモヤすることが多いでしょう。けれども、繰り返すことでそのモヤモヤは確実に軽減されて、最終的には『主体的に考える』こと自体が習慣化されます」
また、「繰り返し」と同様に大切なのが、「振り返り」だと青砥さんは付け加える。
「振り返りとは、意識的に自分と向き合うことであり、それをしない限り人は成長しません。その日の自分の選択や判断がどうだったのか、どんな葛藤があり、どう考え、どう感じて、その選択に至ったのか、そんな内省を繰り返すことが重要です。そして、我々の脳はできていないことに自然と目が向きやすいので、訓練としては意識的に『主体的にできたこと』を強く内省するようにすると良いでしょう。自分の脳に、主体的な選択が自己にとってポジティブであることを学習させる必要があるからです。」


「愛着」が生産性を上げる?

ワーカーが主体性を持って働くようになると、会社にとってはどのようなメリットがあるのだろうか。
「人間の脳は『主体的に何かを求めている≒シーキング状態』になると、ドーパミンが放出されます。ドーパミンには、私たちの集中力や記憶力、学習効率を高める働きがあるのです。つまり、一人ひとりが主体性を持って働けているのであれば、それだけ生産性の高い職場だと言えるでしょう」
シーキング状態になる以外にも、「空間が気持ちいい」「イスの座り心地がいい」といった身体的なフィードバックから快の情報が得られているときも、脳はドーパミンを放出しやすくなる。青砥さんは「いかにドーパミンの出やすい環境をつくるか」が、生産性を高めるオフィスづくりのポイントだと語る。
「キーワードになるのが『愛着』です。こだわって選択したものには、愛着が生まれます。ペンやノート、机やイス、いま取り組んでいる仕事、空間全体など、愛着が向く対象はさまざま。そして、この愛着がドーパミンを増幅させるトリガーになるのです」
例えば、ある空間に愛着を持つと、そこに対するシーキングが促されてドーパミンが放出される。すると脳の学習能力が高まり「ここは快適で居心地がいい」という記憶が鮮明にインプットされ、その空間にますます愛着を持てるようになる。こうしたシーキングのサイクルが生まれることで、ドーパミンの分泌ならびに生産性が強化されていくのだ。
「加えて、愛着は人の安心感の形成にも役立ちます。『それがあると/そこにいると安心する』という心持ちになれることは、職場の心理的安全性を高める効果も見込めますよ」


リモート時代に高まるオフィスの価値

主体性や愛着の形成が職場に多様な効果をもたらし得ることは見えてきたが、それらは言ってしまえば個々人のマインドの問題でもある。そして、現状でそれらに意識が向いていない人たちが、何のきっかけもなしに自らマインドを変えようと思い至ることは、ほとんど期待できないだろう。そんな環境下で、私たちには何ができるだろうか。
「オフィスに対する愛着の形成を目指すのであれば、第三者ができるのは" 問いの提供" です。本人が意識していない快の状態や愛着に気付いてあげて、『なぜ心地いいのか? なぜそれが気に入っているのか?』と問いかける。すると、本人は自分がポジティブな状態であることに自覚的になり、快の感情とオフィスで使う道具や空間自体の結びつきが記憶され、それが愛着へとつながっていきます」
例えば、職場に新しいオフィスチェアを導入したとする。どんなに高機能であっても、それが働きやすさ、生産性につながるかどうかは「それぞれがそのオフィスチェアの使い心地をどう感じているか」という実感に左右されるのだ。
「脳の観点から言えば、大事なのはハード自体ではなく、『自分がどう感じているか』であり、むしろそれがすべてだと言えます。制度や環境を変えるだけで、人は劇的に変わったりしません。変わった環境への意味づけを促していくことで、人は初めて変化の効果を感じることができる。その繰り返しの中で、段々とオフィス空間に愛着が持てるようになっていくのだと思います。そして、空間を変えていくプロセスにも、そこで働く人たちが参加できるといいですね。自分の意見が少しでも反映されたら、それをきっかけに愛着が生まれやすくなるはずです」
昨今ではリモートワークも一般的となり、場所に縛られない働き方も増えてきている。しかし、青砥さんは「企業が持つオフィス空間の価値は、これから高まっていくはずだ」と語る。
「企業は、快適な空間、生産性の高まる空間づくりに、個人レベルではできない投資ができる。現状ではまだノウハウが洗練されていませんが、これから『脳にとっていい状態をキープできる空間づくり』の方法論が神経科学的にも確立されていけば、企業のオフィスの価値がものすごく高まってくるはずです。リモートワークが適している作業は社外で、オフィス空間を利用したほうが効率がいいのなら社内でと、それぞれの空間のメリットをかけ算的に生かしながら働ける時代が、これからやって来るのではないかなと期待しています。空間づくりに携わる方々には、これからぜひ積極的に『主体性が引き出せる、ドーパミンが出やすいオフィス』を模索していってほしいですし、僕もそこに協力していきたいなと思っています」

Interview & text: 西山武志
Edit: 吉田彩乃
Photography: 竹之内祐幸
Production: Plus81 inc.