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KNOWLEDGE
Interview

スペシャルインタビュー 中野信子さん

脳科学者 / 医学博士
中野信子
東京大学工学部卒業後、東京大学大学院で医学系研究科医科学を専攻。修士課程修了後に脳神経医学専攻博士課程を修了。08年フランス国立研究所にて博士研究員として勤務を経て、15年東日本国際大学教授に就任。『ワイド!スクランブル』(テレビ朝日)では毎週金曜日にコメンテーターとして出演している。著書に『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム)など多数。

予期せぬウイルス感染の拡大によって
リモートワークが急速に浸透した今、
オフィスの必要性を改めて定義する必要がある。
オンライン上でのコミュニケーションは便利ではあるが、
仲間意識の形成や、業務の効率化の面ではどうだろう。
「集まること」の価値はどう変化していくのか?
認知神経を専門とする、中野信子さんに話を聞いた。

この100年くらいの間に
「会う価値」がデフレしてきた

足を運んだ際に、「実際に顔をあわせて仕事をすることの価値」を再認識したワーカーも少なくないだろう。オンライン上で緻密にコミュニケーションを交わしても、オフィスへ行き対面しているのと同じように、モチベーションや仕事効率を向上させるのは難しいと感じた人もいるかもしれない。とはいえ、以前のようにワーカーがオフィスに毎日出勤する日常を取り戻すのは容易いことではなく、時間もかかるだろう。だからこそ中野さんは、「会うことを大切にする」という意識が急速に高まっていくだろうと話す。

「トランスポーテーションの発達によって、『会う価値』というのがすごくデフレしてきましたよね。ところが非常事態によって、以前のように『会いたい』と気軽に伝えることも、会いにいくことも急に難しくなってしまった。だからこそ、今後は会う価値が復権していくと思いますよ」。

この時代の変化について、「まるで平安時代に戻ったみたいですよね」と中野さんは言う。まだウイルス終息の目処が立っていない状況で、会いに行く・集まるという行為をお互いに無理なく同意するのならば、高い緊急性か、双方の信頼が必要となる。

「平安時代の貴族の暮らしだと、高貴な人はお顔を見せませんし、『会う』『見る』という行為がものすごく親密なコンタクトを意味していました。そんな時代から1000年経って、また『会うこと』の価値を各々が定義し直さなければならない時代が来たのだな…と、感じています」。

オンライン上のコミュニケーションでは、
微表情まで読みとれない

今までオフィスで行ってきた従来の会議やコミュニケーションは「オンラインで済む」と、多くの人が気が付いたのは事実だろう。けれどオンラインでは、雑談などインフォーマルコミュニケーションが、偶発的に生まれる頻度はかなり少なくなったと感じているワーカーも多い。「会話が単一化してしまう」「話していても相手の心情があまり読み取れない」という問題が起きてしまうことについて中野さんに原因をうかがうと、画面越しでは小さな感情の変化を表す微表情を読み取るのが困難であることに、その原因があるようだ。

「表情には、一言で『笑っている』『怒っている』と表せるものだけでなく、マイクロエクスプレッションと呼ばれる、微表情が存在します。普段は意識していないと思いますが、人と人とのコミュニケーションではこの微表情が、相手の心情を読み取る情報としてすごく重要で、『微表情で本心がわかる』とも言われているのです。笑っているのに、眼輪筋が動いていない…いわゆる『目が笑っていない』と言われるような複雑な微表情を、画面越しに完全に読み取るのはものすごく難しいと言えます。もともと相手をよく理解していて、信頼関係が出来上がっているのであれば大きな問題はありませんが、多くの場合、誰かの発言に軽い気持ちでツッコミを入れたり、仲間のことをフォローをするという連携によって生まれるコミュニケーションがどうしても少なくなってしまいます。

それから、皆さんオンライン会議中に、画面に映る自分の顔ばかりを意識して見てしまう経験があると思います。これも、対面で話している時のように深いコミュニケーションを取りにくくなってしまう要因の一つと言えます。誰かの話を聞きながらも、『他人から自分がどう映っているのか』ばかり気になってしまい、対話というよりも自問自答の構図をつくってしまう。相手の意図を汲み取る注意力が、無自覚のうちに低下してしまっている状態なんです」。

組織の軸や文化に合わせて、
リモートワークのカスタマイズが必要

ウェブ会議ツールは便利である一方、注意して相手の感情を読み取らなければならない場面では、不向きとも言える。例えば異動や給与についてなど、個人情報を含むセンシティブな話を、オンライン上で行うのはリスクが高そうだ。また、「仲間意識を形成することも、対面に比べてオンラインでは難しくなる」と中野さんは付け加えた。

「もっとも言語化しにくい情報の一つに『匂い』があるのですが、仲間意識を形成するときに、嗅覚刺激は軽視できません。同じ場所で長い時間を一緒に過ごすと仲間意識が強くなりますが、その理由は『嗅覚によって媒介される情報が大きな役割を担っているのではないか』と考えられていて、ラットを使用した実験ではすでにその効果が証明されているのです。新入社員へ社内文化を共有する場面や、チームビルディングを目的とした場面では、できる限り対面のコミュニケーションで実現するほうが良いと言えます。ただ、オンラインは雑談が生まれにくい性質があるので、例えば悪口が減るなど、組織内のコミュニケーションから生まれる負の要素がろ過されるといった強みもあります。対面での勤務が苦手なワーカーが、在宅勤務によって強みを発揮する組織もあるでしょうし、組織ごとにその文化を認識したうえで、リモートワークのカスタマイズが必要になります」。

空間の完成度が高いだけのオフィスは、
ワーカーにとって好ましい空間だろうか?

今後は会うことの価値が高まると考えられ、科学的に見ても対面でコミュニケーションをすることの価値は認められると言える。自宅、シェアオフィス、サテライトオフィスなど、働く場所が多様化していくなかで、これからのオフィスに求められることとは?

「『ニューノーマル』や『イノベーション』という言葉をオフィスに投影すると、すごくスタイリッシュでシャープなデザインをイメージしがちですが、単にあかぬけた空間であることに満足してしまったら意味がない。オフィスは、働く人たちがいてはじめて完成される空間であると考えています。汚すことがためらわれてしまうような、設えがいいだけのオフィスは、仕事をするうえで心理的にポジティブな影響を与えるとは言えません。ミネソタ大学のマーケティング学者のキャサリーン・ヴォーズが行なったクリエイティビティに関する調査によると、『片付いた部屋よりも、適度に散らかった部屋の方がアイデアが生まれる』と証明されていますし、何かを汚すことで新しい発想が生まれることは珍しくないのです」。

オフィスが精神的な拠り所として
機能するのが理想

最後に、これからのオフィスが目指すべき理想について、中野さんの考えをうかがった。

「『オフィスの大きさが企業の威信を示す』とされていた時代もあったけれど、今や企業の勢いはすべて数字で可視化されています。となると、オフィスという存在が一番に訴求すべき相手は、その組織の中にいる皆さんではないでしょうか。大半の業務が在宅で可能になったとしても、『オフィスに行くと捗る』『オフィスには頼れる上司がいる』など、心の拠り所として機能することが大事になっていくでしょう。オフィスで会う意味を組織ごとに考え、オフィスが例えば村の広場や寄りあい所のような、組織文化を体現するアイコンになっていくと良いと思います」。

  • Interview & text: 星佑貴
  • Photography: 竹之内祐幸
  • Production: Plus81 inc.