働き方・働く場の研究と視点

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『エシカルワークスタイル』出版記念インタビュー

2022.5.10
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オカムラ ワークデザイン研究所 研究員
池田晃一
2002年、岡村製作所(現オカムラ)入社。当時のオフィス研究所に配属後、20年間働き方の研究に従事。専門はグループワーク分析、場所論。2007年から2010年にかけてリカレント教育として東北大学に国内留学。著書に『オフィスと人の良い関係』(共著、日経BP)『はたらく場所が人をつなぐ』(単著、日経BP)などがある。


20年以上にわたり
オカムラで働き方の研究をしている池田晃一。
2012年から「柔軟な働き方」の研究を続けているなか、
コロナ禍を契機に人々の働き方が大きく変わったことをうけ、
『エシカルワークスタイル 自分にも人にも優しい働き方を考えてみる』を出版しました。
この本では、これからの働き方や働く場は
「健康」「利他・ダイバーシティ」「地球環境」
という3つの基準をもとに生み出すべき、と提唱しています。
どんな思いを込めて執筆したのか話を聞きました。


自分にも、人にも、地球にもやさしい働き方を考える

ーー まずは、新刊『エシカルワークスタイル 自分にも人にも優しい働き方を考えてみる』がどんな本なのか教えてください。

新型コロナウイルス感染症の流行により、オンラインとリアルを行き来しながら働く「ハイブリッドワーク」が身近な存在になりました。その一方で、人生100年時代と言われるようになり、働くことに対する意識や価値観も変化してきています。加えて、気候変動による災害も各地で起こっており、私たちはまさに時代の大きな転換点に立っています。
そんななかで、いままで通りの経済活動最優先の働き方を続けていていいのでしょうか。そのような疑問がこの本の出発点になっています。そこで本書では、これから目指すべき働き方のひとつとして「エシカルワークスタイル」を提示しました。
「エシカル」という英語の直訳は「倫理的な」という意味です。「エシカル消費」や「エシカルファッション」という言葉が日本でも使われ始めていますが、働き方においても「エシカル」は重要な概念です。オカムラでは「健康」「利他・ダイバーシティ」「地球環境」の3つの基準が、「エシカルな働き方かどうか」を判断する際には重要だと考えています。この3つの判断基準に基づきながら、自分にも、人にも、地球にもやさしい働き方を目指していこう、というのが本書の趣旨です。

ーー 池田さんは、2012年からは主に「柔軟な働き方」を研究するようになったとお聞きしています。これまでの研究と新刊とはどのように結びついているのでしょうか。

オカムラが柔軟な働き方の研究を始める契機となったのは、2011年の東日本大震災でした。当時、地震で交通インフラが止まってしまったり、あるいは原発事故の影響で外に出ない方がいいと言われたりしたこともあり、日本社会において「会社に行けない」という状況に注目が集まりました。それでも、意外と日本の経済はちゃんとまわっていたのを人々が目の当たりにして「あれ、もしかして毎日定時に出社しなくてもいいんじゃないか」と一時的に感じたんですね。
そこで私たちの研究所では、「時間」「場所」「タスク」という仕事に関する3つの要素を洗い出し、これらについてワーカーが自由に選択できるようになると、「効率」や「集中力」などに対してどんな効果があるのか、リサーチをすることにしたんです。
この研究を開始した当時は、周囲にはなかなか内容を理解してもらえませんでしたね。今でこそ働く時間、働く場所を自分の裁量で選択することや、家事や育児、介護、趣味といった活動と仕事を組み合わせた柔軟な働き方は社会に浸透してきています。しかし、震災の直後に価値観の逆転が起きたときでさえも、こうした働き方は急場をしのぐ代替的な働き方でしかなく、それが定着する気配はありませんでした。
柔軟な働き方が市民権を得るようになったのは、2015年に政府が働き方改革を推進し始めた頃でしょうか。それでも、なかなかテレワークは普及せず、どうしたらもっと人に寄り添った働き方が浸透していくのかと頭を悩ませていたなかでの、2020年からのコロナ禍でした。
ただし、柔軟な働き方はゴールではありません。柔軟な働き方をすることによって、なりたい自分になれたり、幸せな人生を送れるようになったり、ひいては社会が豊かになっていくことが重要です。それを考えるためのきっかけになるように、本書を書きました。


「柔軟な働き方」によって実現できること

ーー コロナ禍により在宅勤務を中心としたテレワークが一気に普及したいま、池田さんはどんなことに注目していますか。

これからどうなるのかが、非常に興味深いですね。会社以外のさまざまな場所を使って働いていいですよ、というのが、テレワークの本来の姿です。コロナ禍では会社か家しか選択肢がなかったわけですが、コロナ禍が去った後に、本当に私達は会社でも家でもないところを使って働くようになるのでしょうか。また、コロナ禍の在宅勤務ではスケジュールを柔軟に組み替えて働くことができた人も多いようですがその融通が効いた状態をコロナ禍後も保てるのだろうか。そこに、すごく興味があります。
出社するのがいいか、テレワークがいいのか、と白黒つけたいわけではありません。私が注目しているのは、コストや組織を最優先するのではなく、人に寄り添った働き方が定着していくのかどうか、ということです。
本書では、ダイバーシティについても触れています。コロナ禍以前から「ダイバーシティ&インクルージョン」と言われてきましたが、そういった場合に考慮されていたのは暗にLGBTQや障がい者の方、あるいは高齢者の方だったように思います。
私自身コロナ禍によって、いろいろな人がいろいろな状況で働いていることにより意識が向くようになりました。周りからわからなくてもすごくストレスを感じながら働いている人もいれば、家庭の事情によって在宅勤務が困難な状況になっている人もいる。これまでは無理をしていただけであって、実は仕事以外のところでは大変なことが起きていたかもしれない。
ある一部の人に対して配慮をすることだけではなく、一人ひとりのことを思いやりながら働いていくことが本当の意味での「ダイバーシティ&インクルージョン」だと私は考えています。
働き方を柔軟にすることは、「ダイバーシティ&インクルージョン」の実現に私たちを一歩近づけてくれます。時間や場所を選択できるようになれば、こうしたいろいろな背景をもつ人たちも幸せを追求しながら働けるようになるからです。


有識者とともに考察を深めた「エシカルワークスタイル」

ーー この本では、外部の有識者と対話しながら建築、地域、地球環境、副業、リカレント、サバティカル、情報通信技術の進化についても考察していますね。

利他や地球環境という側面からエシカルワークスタイルについての考察を深める場面では、アースカンパニーの濱川明日香さん、濱川知宏さんにご登場いただきました。そのなかで特に印象深かったのは、お二人が「リジェネラティブ」という言葉を使っていたことです。
近年、日本でもSDGsやESG(環境・社会・ガバナンス)に対する関心が急速に高まっています。経済の発展の代償として自然を破壊してきたことへの反省を込めて、壊した自然を再生しながら進むのがサステナブル、そもそも壊さずに循環させながら進むのがサーキュラーだとされています。
そのうえでアースカンパニーのお二人は、人間の活動が盛んになればなるほど地球環境も改善しウェルビーイングも高まるのが「リジェネラティブ」だとおっしゃっていたんです。サステナブルは環境負荷をゼロにしようという発想ですが、リジェネラティブはもっとポジティブ。人と自然がともに豊かになっていく在り方を模索しよう、という考え方なのです。
また、お二人にとっての「エシカル」とは人間を含めて地球上のすべての命を大切にする姿勢なんだとおっしゃっていました。それは、オカムラが提唱する「エシカルワークスタイル」の考え方にとても似ていますし、一方で「リジェネラティブ」という考え方は私にとってとても新鮮で、非常に示唆に富んだ対話でした。

ーー この本がどんなふうに読まれていくといいなと考えていますか?

いま世の中に出回っている「働き方」に関するビジネス書のほとんどが、30代や40代ぐらいをターゲットに書かれています。おそらく、多くの人が20代から一生懸命働き続けて、30代、40代くらいで息切れして「このままで自分は大丈夫だろうか」と考えるのでしょう。
この本も、30代、40代で一旦立ち止まって働き方を見つめ直している人に向けて書いている部分もありますが、それだけではなく、今まではあまりターゲットにされていなかった50代以上の人たちにも読んでもらえたらいいなと思っています。
というのも、2015年に51歳で副業を始めた、サイボウズの松村克彦さんとの対談も掲載しているんです。松村さんには、ご自身の体験をもとに50代から働き方を変えることや、地域で働くことについて語っていただいています。
昭和の時代には60歳の定年まで勤め上げれば、あとは「老後」と呼ばれる余生を過ごすことが普通でした。しかし、人生100年時代と言われるいま、70歳を超えても働き続ける可能性が高くなってきています。
すると、50代、60代の過ごし方もこれまでと変わってくる。70歳、80歳になってもやりがいを感じながら働くために、50代のうちに自分のできることと、やりたいことを棚卸しして副業を始めたり、新たな技術や知識を身につけたりしておいた方がいいのかもしれない。松村さんには、そうした新しい時代の先駆者として登場していただきました。
副業やサバティカル休暇が認められるなど働き方が柔軟になったからこそ、本業を続けながら70代、80代に向けた準備ができる。いまのこの働き方の大きな変化を味方につけて、一人ひとりが自分なりの働き方を見つけていってほしいと思っています。本書がそのヒントになればうれしいです。


本書の紹介記事は、こちらからお読みいただけます。
また、全国の書店やAmazonでお買い求めいただけます。

『エシカルワークスタイル 自分にも人にも優しい働き方を考えてみる』

1,800円(税抜)
著者:池田晃一
出版社:日経BP
発行日:2022年4月20日
単行本:224ページ

『エシカルワークスタイル 自分にも人にも優しい働き方を考えてみる』の目次

第1章
まっとうな働き方のためにワークプレイスを作り替える
<エシカルワークスタイル エシカルワークプレイス>
第2章
働き方の目線で理想像を描き時代にあったルールと場所を
<柔軟な働き方 テレワーク 勤務制度>
第3章
働き方もキャリア形成も選択肢が広がる時代に
<リカレント教育 サバティカル休暇>
第4章
場所の分散が企業・働き手と社会の関係を緊密にしていく
<アクティビティ・ベースド・ワーキング ライトサイジング サードプレイス 半建築 VR コミュニケーションモデル>
第5章
もうひとつの「業」を持つ意味。複線的な生き方の道が開けてきた
<副業・複業/本業>
第6章
エシカルなスタイルの未来 人間と環境の融合 "利己"からの脱却を
<ICT インタラクションデザイン ソーシャルイノベーション エコ>
第7章
社会課題を解く「成長」のためにエシカル意識は経営と不可分に
<健康経営 サステナビリティ経営>

Interview & text: 吉田彩乃
Photography: 吉澤健太
Production: Plus81 inc.